
千早城の歴史・見どころ
千早城は、百名城55番目の城として選出されていて大阪府南河内郡千早赤阪村にあります。
鎌倉時代の末期である元弘2年(1332年)に河内の悪党である楠木正成が金剛山中に上赤坂城ともに千早城を築きました。
標高約673mの金剛山の中腹にあり、府道705号線からの比高は約175mです。
千早赤阪村のHPなどに千早城は上赤坂城の詰めの城と記載がありますが、5km以上離れているので詰めの城というには距離が離れすぎている気がします。
楠木正成は千早城に籠城し百日余りと耐え抜いて鎌倉幕府の滅亡に大きな貢献をしましたが、南北朝時代に正成の孫の楠木正勝が千早城に籠もり畠山氏と戦いましたが落城して、落城後千早城は廃城になっています。

府道705号線からの登城口です。


四の丸まではかなりの急勾配で、あまり運動をしてない人が登るとまるで地獄の特訓のようで四の丸に到達する頃には息も絶え絶えになります。


四の丸までの途中には、土塁らしきものや帯曲輪のような少し広い平坦部分があります。

四の丸です。
千早城で最も広い曲輪で、楠木正成軍の主力はここで幕府軍の攻撃を食い止めたと考えられます。

千早城跡茶屋です。
不定期営業ということですが、営業している気配はありませんでした。
以前はここでも百名城のスタンプが設置されていたらしいです。

三の丸と四ノ丸の間の堀切らしき場所です。
山の豆腐側から登城するとこの場所に到達します。

二ノ丸にある千早神社の拝殿です。
狛犬の下に「本丸跡」と書いた看板がありますが、拝殿の裏手に本丸があり本丸には立ち入りができません(2026年6月現在)。
急な勾配を上っていると幕府軍が鎧兜を装備してさらに上からの攻撃を受けながら攻め込むのは至難の業だったことは実感できます。
千早城には、土塁・空堀跡もほぼ残っていなく城跡として楽しめるポイントがあまりありません。なんで百名城に選出されたのかはっきり言ってよく分かりませんね。
鎌倉幕府が滅亡する歴史の転換点となった城ということが重視されての百名城選出だったのでしょうか。

千早城のスタンプ設置場所

千早城の百名城スタンプ設置場所は、金剛山 山の豆腐の店頭にあり営業時間は9時から17時です。


山の豆腐の隣接してモンベル金剛山麓店があり、ここは改装前は「まつまさ」で以前はこちらがスタンプ設置場所でした。

千早城へのアクセス・駐車場

千早城へのアクセスは、公共交通機関なら河内長野駅発の金剛山ロープウェイ前行きの金剛登山口のバス停が最寄りです。
千早城への登り口は金剛登山口バス停の南50mにある登山口と山の豆腐付近にあります。山の豆腐付近の登り口は金剛山への正門的な登山口みたいです。
駐車場は、バス停付近や山の豆腐近辺に有料駐車場があります。








