
和歌山城の歴史・見どころ
和歌山城は、百名城の62番目の城として選ばれていて和歌山県和歌山市にあります。
地侍集団雑賀衆が支配していた頃は和歌山城のあたりには城郭はありませんでしたが、豊臣秀吉による天正十三年(1585年)の紀州征伐により豊臣氏の支配領域となると、紀伊を与えられた豊臣秀長が虎伏山(とらふすやま)に築城したのが始まりです。
築城場所の決定や縄張りは豊臣秀吉が行っています。
関ケ原の戦いで徳川家康が天下人になると、和歌山城は浅野幸長が城主となり大規模な改修が行われ石垣や天守が整備されて近代城郭となりました。
浅野氏が広島に転封となった後は、徳川家康の十男である徳川頼宣が城主となり、御三家の一角である紀州徳川家の居城となり明治まで続きました。
明治四年(1871年)の廃城令に廃城となり、多くの建築物が取り壊されたり、移築されましたが天守など11棟の建物が残り昭和六年(1931年)に残った11棟の件と器物が国宝にしていました。
しかし、第二次世界大戦末期の昭和20年(1945年)7月にあった米軍による和歌山大空襲で天守を含む11棟の国宝指定建造物全てを焼失しています。
現在の天守は、昭和33年(1958年)に鉄筋コンクリート造りで再建されたものです。
城址公園内には、入場無料の小動物園もあります。

・天守

大天守と小天守が連結されており、さらに2つの櫓が渡櫓門や多聞櫓で連なる連立式と呼ばれる構造です。
浅野氏時代に初代の天守が建てられましたが、弘化三年(1846年)に落雷による火災で全焼して嘉永三年(1850年)に再建されました。その再建された天守も和歌山空襲により全焼していますので、現在の鉄筋コンクリート造りの復元天守は三代目の天守となります。
天守内への入場は有料で、大人が410円・中学生以下200円です。
・岡口門(おかぐちもん)

岡口門は、和歌山空襲での焼失せずに残った数少ない遺構のひとつです。
築城時は、大手門でしたが浅野氏が城主となった後に北東側が大手門となりました。
元和七年(1621年)に徳川頼宜を行った改修時に再建された櫓門が現存しています。
昭和32年(1957年)に北側の土塀と共に重要文化財に指定されています。

・御橋廊下(おはしろうか)

藩主が二ノ丸と西ノ丸の間を移動するために架けられた橋で、屋根がついていて外から見えないように廊下式になっています。斜めに架かっている廊下橋は全国的にも珍しい構造です。
平成十八年(2006年)に復元されました。


和歌山城のスタンプ設置場所

和歌山城の百名城スタンプの設置場所は、天守郭の入り口である二之御門(楠門)にあります。天守内には入場料が必要ですが、入場チケット売り場のスタッフに頼めば入場料を支払わなくてもスタンプだけ押すことも可能なようです。でもせっかくなら天守内もぜひ見学してください。

和歌山城へのアクセス・駐車場
和歌山城へのアクセスは、JR和歌山駅から徒歩15分・南海鉄道和歌山市駅から徒歩15分です。どちらの駅から路線バスが運行されていて「市役所前」「和歌山城前」が最寄りのバス停となります。
駐車場は城の南側に有料駐車場があり、普通自動車が58台駐車可能です。







